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古事記は自作自演であった。

稗田阿礼という人物については、「古事記の編纂者の一人」という以外にはほとんど何もわかっていない。同時代に編まれた『日本書紀』にもこの時代の事を記した『続日本紀』にも名前は出てこない。『古事記』の序文によれば、天武天皇に舎人として仕えていた。一度目や耳にしたことは決して忘れなかったので、その記憶力の良さを見込まれて『帝紀』『旧辞』等の誦習を命ぜられた。そのとき28歳であったと記されている。元明天皇の代、詔により太安万侶が阿礼の誦する所を筆録し、『古事記』を編んだ。


若干蛇足
奈良県大和郡山市稗田町の賣太神社(めたじんじゃ)では、稗田阿礼が主斎神(稗田阿禮命)とされている。付近一帯が猿女君稗田一族の居住地であったため、阿礼の出身地とされているからである。





「舎人」(とねり)といえば通常は男性であるが、民俗学者の柳田國男、神話学者の西郷信綱らは「稗田阿礼は女性である」とする説を唱えている。稗田氏はアメノウズメを始祖とする猿女君(さるめのきみ)と同族であり、猿女君は巫女や女孺(にょうじゅ。下級女官)として朝廷に仕える一族であるというのがその根拠である。


この説は長らく定説的に扱われて来たが、近年、古代史について「部外者として」精力的な研究をしている梅原猛は、『古事記』のその大胆で無遠慮な書き方や年齢などから推定して、稗田阿礼というのは実は藤原不比等の別名ではないかとの説を提出している。







奈良県大和郡山市稗田町 標高48m


その当時は大和湖の浅瀬か湖底であろうか?

私も稗田阿礼は藤原不比等であろう。まさに、自作自演である。

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非公開コメント

1 ■無題

昔の事なんで推論を出ないところでしょうか?明らかな証拠でもあればいいのですが。

2 ■稗田阿礼って・・・

懐かしい響きデスw
藤原不比等と言い、なんか社会科の勉強
してるようですw

3 ■Re:無題

>おいだんなさん
なんか、すっきりしない古代史です・。(-^□^-)

4 ■Re:稗田阿礼って・・・

>おいちゃんさん
興味のない人には、どうでもええことですが・。о(ж>▽<)y ☆
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