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日本における人権というまやかし・・。

Human rights :人権(人としての要求)


Human rights are "rights and freedoms to which all humans are entitled." Proponents of the concept usually assert that everyone is endowed with certain entitlements merely by reason of being human.


Human rights are thus conceived in a universalist and egalitarian fashion. Such entitlements can exist as shared norms of actual human moralities, as justified moral norms or natural rights supported by strong reasons, or as legal rights either at a national level or within international law. However, there is no consensus as to precise nature of what in particular should or should not be regarded as a human right in any of the preceding senses, and the abstract concept of human rights has been a subject of intense philosophical debate and criticism.


人権は、「すべての人が与えられる権利と自由」です。

概念の提案者は通常、誰もが単に人であるので一定の受給権を与えられると断言します。

人権は従って博識家と平等主義のスタイルで考案されます。

そのような受給権は全国レベルでまたは国際法の中で実際の人の教訓の共有されたノルマとして、強い理由によってサポートされた正当な道徳的規範または自然権として、または法的な権利として存在することができます。

しかし、特に、先行感覚のどれの中の人権でもとみなされているべきであるか、そうされるべきでないものの精密な性質について、合意が全然なく、人権の抽象的な概念は激しい哲学の討論と批判の主題でした。


The modern conception of human rights developed in the aftermath of the Second World War, in part as a response to the Holocaust, culminating in its adoption by the Universal Declaration of Human Rights by the United Nations General Assembly in 1948. However, while the phrase "human rights" is relatively modern the intellectual foundations of the modern concept can be traced through the history of philosophy and the concepts of natural law rights and liberties as far back as the city states of Classical Greece and the development of Roman Law. The true forerunner of human rights discourse was the enlightenment concept of natural rights developed by figures such as John Locke and Immanuel Kant and through the political realm in the United States Bill of Rights and the Declaration of the Rights of Man and of the Citizen.

1948年の国連総会による世界人権宣言によってその採用において最高点に達して、人権の現代の概念は一つにはホロコーストへの反応として第二次世界大戦の余波に展開しました。

しかし、フレーズ「人権」は相対的に現代的であるが、現代の概念の知的な基礎は哲学と伝統的なギリシャの都市国家とローマ法の開発と同じくらい遠く引き返している自然法権利と特権の概念の歴史を通して追跡されることができる。

人権会話の真実の前兆はジョン・ロックとイマヌエル・カントなどの、そして米国権利章典と人権宣言における、そして市民の政治的な領域を通しての数値によって開発された自然権の教化概念でした。




蛇足


Human rights は神との契約や約束である。が、自然権の内に入るモノである。


(人としての要求)が正しい意味です。


(道徳的に)正しいこと,正当; 正義,正道,公正; 正しい行ない.


(法的・政治的な)権利; 正当な要求 〔of,to〕.

〔+to do〕〈…する〉権利.





人権思想と日本

佐倉 哲

「生命、自由、および幸福の追求」などの諸権利は、神によって与えられた生来のものであるから、誰によっても奪うことはできないものである、と主張した。


「人権」(Human Rights)なるものの思想的特徴は、個人の諸権利が誰によっても奪われることのできないことを、創造主であるゴッドによって与えられたものであることを根拠として主張していることである。


西欧人の信じているような意味での神など信じない日本人が人権思想と出会ったときの困惑はきわめて当然であった。





蛇足


日本人の人権思想の問題点は以下に





(1)超越性の問題に明解な回答を与えることができない、つまり人権思想の根拠付けができない

(2)人権思想を受け入れさせようとする側の立場しか頭になく、それを受け入れる側の立場にまったく無理解かつ無関心である。

(3)日本に対してはこのように価値観を押しつける思想になってしまう。





結論


現在、「人権」という名で日本を徘徊しているものの正体は、内容のない「かけがえのない個人」だとか「個人の尊厳性」だとかいう、誰も反対できない美しいスローガンにすぎない。これは、キリスト教の神を受け入れる必要性も説かず、神なしに人権の超越性が成立するという論理も展開せず、日本人の情感に訴えて日本人の理性をごまかしているまやかしにすぎないわたしたちは知性の目を開き、人権思想の正体を見極め、それが本当にわたしたちの心から納得できるものであるかどうか、じっくりと吟味する必要があるのである。そして、「普遍的原理」という大義を掲げて世界を西欧化しようとした20世紀のやり方が、はたして21世紀にも通用するのかどうか、考えてみるべきであろう。もしかしたら、西欧の「普遍的原理」の強制ではなく、和の思想の「多様性の原理」の受容こそが、21世紀の世界を導く原理となるかも知れないからである。





蛇足


左翼思想家が使う人権(もともと神など信じていない)はスローガンとして展開しているに過ぎない。その実を我がモノとして利用する手段であり・自分らが権力を奪取して人に自由など与えない方便だ。人権人権と騒ぐ奴らこそ、人権から対局にある悪臭なのである。Human rights(人権:誤訳?) は人間は右寄りということだ(聖書に「知恵者の心は右にあり」という言葉がある。)・。左翼がright:(右)と言うな・。

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非公開コメント

1 ■無題

神を信じてるヒトは・・・ラクでしょうねぇ?

人権、人権・・・
犯罪者に人権はナイ、コレだけはいえますw

2 ■Re:無題

>おいちゃんさん
自分が独裁者になりたい人は人権を使います。

3 ■無題

人権とか差別とか言ってる奴が一番そう言う感覚を持ち備えた奴らです。
人は宇宙に対して生かしてもらってもよろしいでしょうか?レベルです。ちっちゃいもんです。

4 ■Re:無題

>おいだんなさん
その通りでごぜえますだ・。(´0ノ`*)
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