FC2ブログ

新しい歴史教科書をつくる会の教科書は悪いのか?

新しい歴史教科書をつくる会の教科書・・日中戦争


第5章 世界大戦の時代と日本>2.第二次世界大戦の時代>66

日中戦争/p270


盧溝橋<ろこうきょう> における日中衝突

 関東軍など現地の日本軍は,満州国を維持し,ブロック経済圏を建設するために,隣接する華北地域に蒋介石政権の支配のおよばない親日政権をつくるなどして,中国側との緊張が高まっていた。また,日本は北京周辺に4000人の駐屯軍を配置していた。これは義和団事件のあと,他の列強諸国と同様に中国と結んだ条約に基づくものであった。1937(昭和12)年7月7日夜,北京郊外の盧溝橋で,演習していた日本軍に向けて何者かが発砲する事件がおこった。翌朝には,中国の国民党軍との間で戦闘状態になった(盧溝橋事件)。現地解決がはかられたが,やがて日本側も大規模な派兵を命じ,国民党政府もただちに動員令を発した。以後8年間にわたって日中戦争が継続した。

 同年8月,外国の権益が集中する上海で,二人の日本人将兵が射殺される事件がおこり,これをきっかけに日中間の全面戦争が始まった。日本軍は国民党政府の首都南京を落とせば蒋介石は降伏すると考え,12月,南京を占領した(このとき,日本軍によって民衆にも多数の死傷者が出た。南京事件)。しかし,蒋介石は重慶に首都を移し,抗戦を続けた。

悪化する日米関係

 1938(昭和13)年,近衛文麿<このえふみまろ>首相は東亜新秩序の建設を声明し,日本・満州・中国を統合した経済圏をつくることを示唆した。これはのちに東南アジアを含めた大東亜共栄圏というスローガンに発展した。

 アメリカは,門戸開放,機会均等を唱えて,日本が独自の経済圏をつくることを認めなかった。日中戦争で一応,中立を守っていたアメリカは,近衛声明に強く反発し,中国の蒋介石を公然と支援するようになった。日米戦争にいたる対立は,直接にはここから始まった。

 1939年,アメリカはさらに日米通商航海条約を延長しないと通告した。多くの物資をアメリカとの貿易に依存していた日本は,しだいに経済的に苦しくなっていった。日本の陸軍には,北方のロシアの脅威に対処する北進論の考え方が伝統的に強かったが,このころから,東南アジアに進出して資源を獲得しようとする,南進論の考えが強まっていった。しかし,日本が東南アジアに進出すれば,そこに植民地をもつイギリス,アメリカ,オランダ,フランスと衝突するのは必至だった。



蛇足

このあたりは、授業時間もあまりなく普通しないけど。したとして、別に普通ちゃうの??。なんでこれが子供を戦争に担ぎ出すのかね??

戦争したい奴の妄想かね・・。よほど、他国の宣伝マンになりたい人が居るのかね?

反日3ヶ国に肩入れしてる人でしょうか??反日3カ国は揃いも揃って徴兵制で軍国主義ですけど・・・・。


大使館に狼藉、暴徒化する普通の国民は友好的ないい人なのでしょうか??



スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

kane552004

Author:kane552004
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR