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運はあるか??


財運の謎を検証する - 占いと運命の科学


http://www.unmeikagaku.com/husigi1.htm


運は意識の中にある



実際に、こうした運命は数多く見ることが出来ますが、の大きな変化が起きる最大の要因がどこにあるかということを突き詰めていきますと、結局は、その渦中にある人、つまりその世界に属している私たちの意識の内に存在していることが分かってきます。



例えば、現代のような時代は「一寸先は闇」の時代でありますから、社会の変化を柔軟に感じ取る鋭敏な意識が要求されます。もし、そうした鋭敏な意識がその渦中にある人になければ、こうした時代を切り抜けることはできないであろうことは容易に想像がつきます。硬直した意識は、社会の変化を柔軟に感じ取れずに、結局はどこかで壁にぶつかり破綻してしまうのです。



そういうことを考えますと、「運」とはつまり、私たち人間の根幹とも言える意識というものをベースとして築かれるものであることが分かってきます。では、この意識がどのような原理に基づいて形成されるものであるかを次に考えれば、その答えに辿りつけるのではないでしょうか。つまり、私たちの意識が何よって作られ、それは恒常的なものなのか、あるいは何らかの原理によって常に変化していくものであるのか、または意識の根底に存在するものとは何なのか、というような複雑な問題を解決していかねばならないでしょう。


運とは意識の変化のこと





要するに、運命学でいう運の変化する時期には、その人の意識そのものが変化しているのです。その人の意識に変化が生じれば、もしその人が会社の社長であれば、その人が携わる会社の経営が変化したとしても何ら不思議ではありません。例えば、これまで健全な業況分析をし、常に冷静でシャープな思考を持っていた人物が、ある期を境に妄執型の非客観的な思考タイプに変化することも考えられるわけです。




もし、そのようなことが起きれば、当然、その会社の経営は行き詰まっていくわけです。このような意識の変化が生じる原理がもし存在すれば、次にそれがどのような法則によってこの原理が成立しているのかを考えねばなりません。



意識を変化させる要因は内面にも存在する


要するに、いわゆる「運が悪い場合」、その人の意識状態は以前と異なり、これまで洗練されていたその人の意識に冴えが見られなくなります。以前であれば柔軟に解決できた諸問題も冷静に分析できず、時流や状況から外れたような見当違いや、いわゆる問題の読み間違いなどといったような判断ミスが生じてくるわけですそしてそれが、結局はその本人が置かれている環境をますます苦しいものにしていくのです。しかし、その渦中にある人はこうした意識の変化という内的な原因を知りませんから、苦しくなっていく環境がどこからきているのかは全く分かりません。ですから、通常は周囲に責任を転化し、自分を取り巻く周囲の人物や環境をなじったり、罵倒したりするものですが、彼は自らの意識が変化したことにはまったく気づかないのです。


古代人は意識の変化を運と考えた



こうした運命の大きな変化というものは、これまで述べてきたように外的な原因だけで起きるものではありません。外的な原因によるものも当然存在すると言えますが、その多くが内的原因、つまり意識の周期的な変化によって生じており、環境などが変化する以前において、意識の内的な次元で先行して運命の変化を起こしているのです。そしてその意識の大きな変化が、外的な環境、つまり仕事や家庭、人間関係などの関係において、多くの諸問題を発生させる原因となっているのです。そうした意識の大きな変化というのが、古代や中世の知識人たちが考えた「運の変化」というものではないかと私は考えているのです。




財運の強い人とは




では、こうした財運に恵まれる人とは、どのような人なのでしょうか。この物質を象徴する意識エネルギーは、どのような法則のもとにおいて作用し、はたしてそれは万人に平等な原理として働いているのでしょうか。また、それはどのような現れ方をするのでしょうか。私たちはいわゆる成功者といわれる人の中に、「強い財運」というものを見るとき、このような疑念を抱くことがあります。いやむしろ、このような疑問は現代のような物中心の時代であれば、誰でも思う疑問なのかもしれません。最後にこの疑問を探ってみましょう。 私は先に、「財運」とは物質を象徴する意識のエネルギーであると申しました。



そして、世の成功者と呼ばれる人たちは、この物質のエネルギーが周期の巡りによって長い期間巡ってくるか、あるいは生来において強い形でその物質エネルギーを最初から内包しているものである、と述べました。この二つの要素がいわゆる「財運の持ち主」といわれる二つのパターンだと言えますが、では、そうしたパターンが自分の運命の中において存在するのかどうかを知ることができれば、自分が将来において財に恵まれるか否かが分かるということになります。



財運はどのように作られるのか



この「物質を象徴する意識エネルギー」がうまく働く人は、この世界で活躍できる人ということになります。では、この要素は偶然につくられるものでしょうか。ふつう私たちは成功者たちを羨んで、「あの人は運が良いのだ」というように考えますが、果たしてこのような認識は正しいものなのでしょうか。そうした運というのはたしかに生誕時に決定するものですが、私の考えではその運が巡る周期というものは決して偶然に作られるものではありません。





その周期というのは、その個人が持っている潜在的な資質に照応して現れてくるものです。言い換えれば、そうした運が巡るに相応しいよい資質、つまりそれに適した人格をこの人が持っているかどうかにかかってくるのです。こうした「物質運のエネルギー」がうまく巡れば、物質的な繁栄はたしかに保証されるものです。しかしそれも、その個人のもつ資質に応じてしか顕現してきません。例えば、才能や気力も弱い凡庸な人物が、これまでの何の努力もなしに突然大会社の社長になって大繁栄するということは起こりません。



何か 1 藤原総合会計事務所


◇運とは何か


 運とはその字の通り、運び、運ばれる事である。故(ゆえ)に運は自ら開くものであり、又、運は人を支配するといわれているが、運びは自分から開くものであり、運ばれるは運に左右されることである。人がこの世に生まれてきたのも運で、又、その一生もことごとく運であり、自分の思うように事が運ぶのが幸運で、何をやってもうまくいかないのが不運である。運は神秘的でそのしくみは理解できないものがあるが、自分の努力で開運できることもある。すなわち、運には三運があると言われている。


・天運(神秘運)......自力ではどうしようもできない天命、宿命といわれる運


・地運(環境運)......自分の生まれた環境に影響される運


・人運(自力運)......自分の努力次第で、いかようにも開拓できる運


◇すべてに吉凶があり変化する


 幸運と不運があるように、この世の中に全て吉凶がある。すなわち陰陽と呼ばれるもので、良い事もあれば悪いこともある。表があれば裏もあり、プラスがあればマイナス、上と下、右と左、天と地、正と悪、明と暗、生があれば死がある、という具合に相反する二つのものが存在するのである。

 そして常に吉凶は、変化する。「吉を極めれば凶となり、凶を極めれば吉となる」と言われるように、いつまでも同じ状態が続かない。悪くなれば良くなり、良くなれば又悪くなる。

 この大自然の中でも一秒たりとも同じ状態を維持しているものはなく、少しずつ目に見えない変化がおきているのである。「いつまでも咲き続ける花もなし、降り続ける雨もない。通り過ぎない嵐もない。」運もやがて巡ってくる。今の幸運に天狗(てんぐ)になっては、ならない。

 今の不運にあきらめてはならない。やがておとずれる吉を待つ。








蛇足


運は意識だ(内面だ?・意識の物質化・・サイババか?)・・運は吉だ(吉凶かい?2原論かい、他に無いの??)。


まあ、すごい解釈ですが・・内面でよい方向に意識を向ければ、意識の物質化で財運が転がり込むが、5つの意識と無意識で「ころり」と運がなくなる・・。>そんなに平家物語のようなもんあんのんかい?? また、読んで字の如し、運は運び運ばれる・・吉凶なのである。吉で喜んでいる場合ではない・凶が待っている・。戒めかいな??


気の持ちようで、吉とも凶ともとれて、いい判断力で無意識に良い方向に進み、無意識の物質化で財運がころがりこむ???



運とは>そんなもん無いかもしれない??というのが僕の結論です。一ついえる事は判断力を磨きましょう。


「自分には運がある」と思いましょう。難しいこと考えずに前向きに・・普通でエエわと思いましょう・気が楽々です??




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