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太田龍氏の時事寸評から






日本の真の愛国者と、ドイツの真の愛国者の真剣な交流と提携の必然性に気付くべき時。
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更新 平成18年10月18日23時00分



平成十八年(二〇〇六年)十月十八日(水)

(第一千八百三十七回)



○「第二次世界大戦」についての敗戦後の日本人の常識は、



○東京裁判史観と、ニュルンベルク裁判史観と、



○この二つの史観を合成したものによって、形成されて居る。



○この常識は今や、日本人の心理の中で、牢固として抜き難い。



○しかし、表面から見ても、

 東京裁判と、ニュルンベルク裁判と、



○この二つの裁判の間には、きはめて異常な相異が存在する。



○それは、日本とドイツと、この二つの「同盟国」の、

 最高首脳の運命の相異である。



○ドイツの首脳は、ヒットラーである。

 そしてこのヒットラーは、ソ連軍が首都ベルリンに突入し、



○ベルリンの市街戦が遂行される中で、



○自決した。



○ヒットラーは、自決する前に、二つのことをして居る。



○一つは、ドイツ国民への遺言である。

 これはのちに公刊され、日本語版も出て居る。

 (『ヒトラーの遺言 ― 一九四五年二月四日‐四月二日』

  訳・解説:篠原 正瑛 、原書房、一九九一年刊)



○もう一つは、ヒットラー自決後のドイツ元首として、

 デーニッツ提督を任命したこと。



○デーニッツの政権閣僚は、米国軍によって逮捕された。



○そして、米英ソ連の連合国は、生存して居たナチスドイツ首脳

 を逮捕して、ニュルンベルクで裁判するのである。



○これに対し、



○日本では、元首としての天皇は、



○そのまま、皇居に住み続け、



○東京裁判当局は、天皇を戦犯に問はないとの、米国政府の指令

 を受けて居た、



○これはよく考えると、

 否、よく考えなくても一見して、



○きはめて異様である。



○ドイツは、

 米英仏占領下の西ドイツと、ソ連占領下の東ドイツとに



○分裂した。



○旧ドイツ東部の尨大な国土が、



○ソ連とポーランドの領土とされた。



○これは問答無用の暴力である。



○西ドイツでは、ドイツ基本法、なるものがつくられて、



○その基本法のもとに、西ドイツ政府が発足した。



○しかし、マンフレッド・レーダーが告発して居るように、



○これは、米国のシカゴ大学で短期間に起草され、西ドイツに

 押し付けられたものである。



○これに反し、日本では、新憲法は昭和天皇の名の下に、



○旧明治憲法の「改正」と言うかたちで「合法的」に、

 議会で可決された。



○敗戦後の事情についてのドイツと日本のこの違いを、



○日本人は、突き詰めて考察することを、今日まで全くしないで

 来た。



○そのことは何を意味するか。



○そのことは、敗戦後の日本人が、「第二次世界大戦」について、

 日本人としての系統的な、組織的な、合理的な歴史観を持ち

 得ない、



○と言うことを意味するのである。



○つまり、日本人は、

 日本人としての歴史を切断されて居るのである。



○歴史を奪はれた民族は必ず滅亡する。



○ここに、我々が、日本の真の愛国者と、ドイツの真の愛国者と、



○その両者の間の真剣な対話と交流と提携を追及すべき必然性が

 存在する。



 (了)
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