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強制連行

昨日(11月11日午後6時20分放送分)、NHKラジオ第1放送 松代大本営・強制連行・高校生の調査記録


長野市松代(まつしろ)町に、かつて「慰安所」として使われた建物が残っていました。アジア・太平洋戦争末期、松代を中心に天皇や軍、政府の中枢を移転させるための巨大な地下壕掘削工事が行われた際、工事を指揮する人々のために設置された「慰安所」でした。この工事には、多くの朝鮮人労働者が動員され、過酷な労働を強いられました。「慰安所」におかれたのは、4人の朝鮮人女性でした。 http://www.matsushiro.org/aboutus/yobikakj.htm



高校生によりよみがえった大本営http://www.tulip-nagano.co.jp/kinenkan/#a02



<中国人と花岡事件


<朝鮮人と松代大本営とは



強制連行に対する反論


 稲垣 武氏(ジャーナリスト)



 戦時中の勤労動員を「強制連行」と韓国や北朝鮮は言い立て、日本でも朝日など左翼メディアや反日文化人がそれに同調してきたが、その実態をどうして検証しないのか。

 勤労動員は、朝鮮半島からだけではなく、当時の「内地」、つまり日本国内でも真っ先に始まったのだ。豆腐屋さんなどの商店も強制的に廃業させられて軍需工場に徴用されたし、中学生、女学生まで動員された。

 当時、国民学校、いまの小学校の生徒だった筆者ですら勤労奉仕と称された農作業の手伝いや防空壕堀に汗を流した。

 国の存亡を賭けて戦争をしているときは、そういう非常措置もやむを得ないのであって、同じ日本国民とされていた朝鮮の人たちも勤労動員の対象となったのは仕方がない。もちろん、労働は苛酷で生活環境も劣悪だったろうが、それは内地の人も似たり寄ったりだった。そういった勤労動員を「強制連行」と呼ぶのは史実無視も甚だしい。少なくとも何十万人も「袋詰」して内地へ連行したわけではあるまい。それを「強制連行」とするのは、李承晩政権以来、「反日」を国是とし、民族のアイデンティティとしてきた韓国の「お家の事情」だが、日本のメディアが何もそれに義理立てする必要はない。又反日宣伝に取り囲まれていた元韓国駐米大使がその影響を受けたとしても不思議はないが、大使のコメントを「第三者」の言うことだからと盲信するのも、未だに「近隣諸国条項」に呪縛されているからである。

 日本のメディアとしてなくべきことは、そういった誤解を解くように努力することであって、「朝日新聞」のように、中国や韓国の言い分のお先棒を担いで、自虐に耽ることではない。



 八木秀次氏
(高崎経済大学助教授)




 拉致と戦時下の「強制連行」を同列に論じて、北朝鮮の罪責を相対化しょうとする議論が横行している。しかし「強制連行」という言葉がそもそも1960年代前半に朝鮮総連系の活動家によって用いられ、日本人に贖罪意識を持たせる効果を発揮したことは、都立大学教授の鄭大均氏が「環」2002年11月号、「中央公論」12月号ほかで繰り返し指摘している。この鄭氏の指摘を受けて「産経新聞」の名物コラム「産経抄」(11月19日付け)も「拉致」と「強制連行」は決定的に違う」、「嫌がる朝鮮人をむりやり”人さらい”で連れて来たようなイメージのこの言葉は、明らかに意図的な虚構なのである」と書いている。



 「正論3月号 平成17年度」

 論壇や学界での論争で既に決着している慰安婦問題がこうしていつまでも蒸し返される背景には平成5年8月に河野洋平官房長官(当時)が発表した談話の存在がある。「慰安所設置等に旧軍が関与し、慰安婦の募集も本人の意思に反して集められた事例が数多かった」「いわゆる従軍慰安婦として数多くの苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われてすべての方々に対し、心からお詫びと反省を申し上げる」「われわれは歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を長く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰りかえさない決意を表明する」というものだ。日本共産党はこれを「国際的公約」とまで言っているし、中山文科相や細田長官を縛っているのもこれである。しかしこの談話の内容は元・慰安婦の証言だけを根拠にしたもので、裏づけ調査もされず、政府の集めた公文書にも強制連行を示す記述がなかったことは政府関係者によって明かにされている。与太話だったという訳だ。元凶たる河野談話を政府に撤回させることが急務なのだ。


 村田 昇(滋賀大名誉教授 教育学博士)




 ・北朝鮮は併合時代における「数百万人に達する強制連行、日本軍”慰安婦”、文化財や資源の略奪行為」などを挙げ、「過去に犯した国家犯罪について真相の公開や補償をしないまま、何人かの拉致被害者問題にしがみついている」と反発しているが、このような事実は全くあり得ない。

 朝鮮人に兵役の義務が課せられたのは戦争末期だけであり、それまでは、昭和13年から同18年までの間に募集された志願兵として、毎年、数十倍もの倍率をくぐって合格した24万2千人以上もの韓国青年が軍人・軍属として出征していたのであり、その内の約2万1千柱が靖国神社に合祀されている。

 また、昭和13年に成立していた国民総動員法に基いて国民徴用令が発せられ、戦時動員が開始されたのは翌14年であるが、朝鮮では、これが「自由募集」(昭和14年9月)「斡旋」(昭和17年2月)「徴用」(昭和19年9月)という3段階にわたって穏やかに実施されたものであり、「募集」を「斡旋」の場合には配属された職場から離脱しても罰則もなかった。

 昭和17年1月から20年5月までの内地への動員数は約52万人であるが、この同じ時期に朝鮮半島から内地に出稼ぎのために渡航した者は137万7千人もあり、渡航者の約6割が動員以外なのである。

 そして徴用によって慣れない炭坑労働等に携わった人たちには、生活習慣の違いもあり、格別な労苦が伴ったかもしれないにしても、その分、厚遇されていたという記録が残されている。

 しかも、日韓併合以降、半島から内地への出稼ぎ移住は急増し続けていたのであり、当初には約1千3百万人であったのが、終戦時には約2千9百万人と、35年で何と2倍以上になっていることを見逃してはならない。

 それに「日本国民として「徴用」されたのを「強制連行」と同様に捉えていることは問題である。私も昭和20年5月から学徒動員として広島・東洋工業に派遣されたのであるが、これも強制連行と称するべきなのだろうか。



蛇足


上記のように、日本国民として志願をつのり、尚且つ、戦争困窮時に徴用する事はどこの


国でもあることです。しかるに、朝鮮人という事で、戦後、徴用を強制連行されたと騒いでおります。また、それを良い事に戦争末期の国としての方策についての松代大本営を日本国を未来永劫貶める記念碑にするという。憲法の森などとアホな運動は即刻廃止しろ。また、NHKが一方的に報道する姿勢が問われる。


キーワードはNHK、高校生、調査、朝鮮人労働者過酷な労働、慰安所とイコールなのです。単純思考では物事を見誤る・。プロ市民の皆さん、平和を愛するなら、どちらにも加担しないように・。自分の家に他人が土足で上がってきて暴れて、やりたい放題を見過ごせないなら・・平和運動などと声高に叫ぶのは止めて貰いたい・。

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